道程

昔と今では仕事に求められるスキルが桁違いだ!という言説を椎橋ば耳にする。

確かにそれはそうかもしれない。技術が発達すると、「それができる=強みになって、できることが長所になる」場合と「それができる=当たり前で、むしろできない奴が勉強が足りてない」という場合が出てくる。パソコンスキルみたいなところは近年ではもう後者のものだろう。最先端の科学技術なんかはいつでも前者になりうるものだと思う。

 

ただそれでも、やっぱり自分の親世代でずっと仕事を続けてきた人には本当に頭が上がらない、敵わないなと感じる。私はもうしんどい。でもたとえば自分の親は、それでも歯を食いしばって働き続けて、なんなら子供を育ててきたわけだ。無論そこには未来への希望があるとか、そういう背景もあるだろう。今の時代は未来への希望を明るく持つことはなかなか難しい。それを差し引いても何十年も働くことってすごいことだと思う。

 

やりたいことで生きていくとか、やりたい仕事を見つけることが大事だというフレーズを学生の時に何度も聞いた。今はそういう時代だと。でもそんな言葉を聞くたびに私は疑問だった。20代の学生に、自分のやりたいことなんて分かるのかと。少なくとも昔の自分は分からなかった。だから仕事の内容とかではなく、人柄だとか、給与面と勤務地の条件とか、そういう仕事の内容が直接関係ないところで会社を選んでいた。

 

それが正解だったのかは分からない。実際、今の私は会社でしんどくなってしまっている。でもなんとか仕事を続けることはできている。そしてその中でなんか面白そうだと思えるトピックスをやっと見つけることができた。これぐらいのことを学生のうちにできていれば、やりたい仕事に就くような就職活動ができていたのかもしれないし、逆に言えば学生のうちのそれぐらい頑張っていろんなことをやっておけということだったのかもしれない。

それができない凡人はとりあえず目の前の仕事を、与えられる仕事を全力でやるしかない。何でもかんでもやってみて、その中で楽しみを見つけたりできて、それが仕事になっていく。今はそういうふうに少しは思える。だから親の偉大さをより強く感じる。こんなに立派なことってないよなと。僕の前に道はない、僕の後ろに道はできるとは本当にその通りだなと頷ける詩だ。自分がやってきたことだけが自分の道になるんだ。教科書で読んだときは分からなかった詩が、今になって私に突き刺さってくる。

 

ああ自分もなんだかんだ人生やってたんだな。